| 長 い 梅 雨 |
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枕元で目覚ましのベルが、けたたましく鳴っている。 まだ眠い。眼をこすって寝床から起き上がったボクは目覚ましのベルを止めた。 洗濯物の乾き具合を確かめてから、のろのろと会社へ行く支度を始めてゆく。 苦いコーヒーを飲むために湯を沸かし、とりあえずテレビの電源を入れた。 変わり映えのない今日の天気予報を見るためだ。きっと今日も1日中雨なのだろうな。 その昔、この国は熱帯型の気候になると言われていた。しかし、現実は少し違っていた。 異常気象だとニュースで騒がれていたのが、ずいぶん昔のことのように思えるけれど。 もう梅雨入りになってから数年が過ぎていた。ここ半年、晴れ間さえ見ていない。 この街でも数年間ずっと霧雨が降り続いている。もう、すぐにでも止みそうな雨。 ボクは軽い朝食を済ませると、レインコートを羽織った。そう、いつものことだ。 数年のあいだに街では様ざまな形状のレインコートが売り出されるようになっていた。 霧雨に傘はあまり役に立たないから、出かける時にはレインコートを着るのが普通だ。 今年も、やはり夏は来ないな。何となく、ボクはそう思っていた。 おおかたのひとも、そう思っているのかも知れなかった。 通勤電車は、ほどほどに混んでいたが、いわゆる梅雨特有の蒸し暑さはない。 最近は、ずっと涼しい。陽が射さないためだろうか、しっとりした涼しさ。 会社のあるオフィス街に着くと、レインコート姿の人々が行きかっている。 傘をさしている人は滅多に見ない。往来を見渡しても傘をさしている人は見当たらない。 雨の降らない日がなくなって1年もすると、小さな売店で傘を見かけなくなった。 どこ売店でも折りたたみ式のレインコートが数点置いてある程度で、傘は姿を消していた。 そういえば。今朝の新聞の折込広告に、ちょっと面白いレインコートが載っていたな。 今度、あれ買っておこうかな。 街路樹は、蒼々と茂っている。ボクは元気そうな樹々の緑を観て愉しみながら歩く。 会社に着くと、いつも通りにスケジュールを確認して、仕事をこなす。 この長い梅雨が始まる前から、ずっと変わらない八時間だ。 夕刻になって、就業時間が終わる。今日は、同僚が誘う飲み会を断って会社を出た。 急ぎ足で予約していたレストランへ向かった。彼女と、待ち合わせしていた。 多分、彼女が先に着いているはずだ。昨夜電話したときに、そう話していたから。 彼女と初めて出合ったのは、つい最近。付き合い始めて、もう一ヶ月が経ったろう。 「待った?」 レストランには、案の定、彼女が先に来ていた。 「ううん。今、来たトコよ」 そう言って微笑む彼女の髪は、乾いていた。 待たせちゃったな。。ゴメンね。ボクは、言い訳はやめて、給仕に料理を頼んだ。 期待した以上に料理はおいしかった。自然と彼女との会話も弾んだ。 少し飲んだお酒のせいで、ほんのり上気した頬が、一層、彼女を可愛らしく見せていた。 食事を終えてからの暫らくは、二人だけのくつろいだ時間。 ゆっくり少しずつ、お酒を飲みながら、色々とお喋りを愉しんだ。 会社であったことや、次の夏季休暇のこと。来週のことや、2人の将来のこと。 レストランでの楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。 給仕が恭(うやうや)しく二人のレインコートを持ってきた。 「今日は、ボクが奢(おご)るよ。」 と、勘定を済ませた。 「ごちそうさま」 にっこりと笑う彼女を、いとおしく思った。 「じゃ。来週は、わたしが。ね?」 言いながらボクの腕につかまって寄り添ってくる。 レストランの出口に向かおうとすると、彼女がカバンからなにやら取り出してみせた。 「これ買っちゃった。」 少し恥ずかしそうに、それをボクに見せる。どうやらレインコートらしい。 「最近、こういうの流行ってるのよ。。。ねぇ? 一緒に、着てくれない?かな?」 そのレインコートは、二人で一着なのだった。 恋人たちが公然と 「二人っきり」 になるためのもの。 知ってはいたが、自分が着るとなると…恥ずかしいなぁ。。 けど、彼女だって照れている。きっとボクに言うのを迷ってたんだろうな。 「あ、うん。いいよ。じゃ…着てみようか?」 着てしまえば。どうってことないだろう。 まったく。誰が考えたか知らないが、よくこんなものを思いつくもんだよ。 ちょうど二人が寄り添って歩くために作られている。彼女が選んできたのは、 「腰に手を廻す」タイプらしかった。 それを恥ずかしそうに説明する彼女が、まるで少女のようで、とても可愛く感じた。 結局、ボクたちは途中でレインコートを着替えることなく、寄り添ったまま帰った。 レインコートを脱いだのは、彼女の部屋の玄関。そうして、ボクたちは自然に結ばれた。 ボクの腕枕で、すやすやと眠る彼女の寝息を聴きながら、しあわせな気持ちになった。 耳を澄ませれば、静かな雨音が聞こえてくる。。。 ふと、最近の出生率の高さは、この霧雨のせいなのかも知れないな。 ぼんやりと。ボクは、そう思っていた。 おしまい。 |
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